東京に住んでいると、こういうふうにホッと息抜きができることって少ないです。とくに予定がなくても、なぜか生活がごちゃごちゃと忙しい感じになりがち。土地柄でしょうか、不思議なものです。皆さんは、心の平和を保てていますか?都市部に住んでいると、忙しいのが美学、みたいな思想がありますが、心の中まで忙しいばかりだと、できるはずの仕事の半分もできなかったりしますよね。心配事とか、気苦労とかで、頭と心がいっぱいになると、「息抜き」と称してお酒にはしったりする人も多いです。それで、心だけじゃなく体まで壊したりして悪循環、と。じゃあ、どうしたら心に平和って保てるんでしょうか?実は、聖書にはイエス・キリストがこんなふうに約束してくれています。
ヨハネ14:27 わたしは、平和をあなたがたに残し、わたしの平和を与える。わたしはこれを、世が与えるように与えるのではない。心を騒がせるな。おびえるな。
PEACE I leave with you, my PEACE I give unto you: not as the world giveth, give I unto you. Let not your heart be troubled, neither let it be afraid.
フィリピ信徒への手紙 4:6-7 どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう。
Be careful for nothing; but in every thing by prayer and supplication with thanks giving let your requests be made known unto God. And the peace of God, which passeth all understanding, shall keep your hearts and minds through Christ Jesus.
世の中には、昔から本当にいろいろな宗教やカルトが溢れていますが、こんなふうにはっきりと心の平穏を約束してくれていることって、他にあるでしょうか?ヨハネに書かれている「世が与えるような」平和というのは、つまり一時的なリラクゼーションとか、マッサージとか、そういうものだと思いますが、イエス様を信じて救われた人に宿る平和とは、何事にも左右されない、「人知を超える神の平和」です。聖書には、イエス様は平和の君Prince of Peaceであると書かれています。
イザヤ書 9:5−6 ひとりのみどりごがわたしたちのために生まれた。ひとりの男の子がわたしたちに与えられた。権威が彼の肩にある。その名は、「驚くべき指導者、力ある神、永遠の父、平和の君」と唱えられる。
For unto us a child is born, unto us a son is given: and the government shall be upon his shoulder: and his name shall be called Wonderful, Counsellor, The mighty God, The everlasting Father, The Prince of Peace.
イエス様は、神様が世界をお造りになるまえから、神様と一緒にいるのですが、イザヤ書の上の聖句は、まだイエス様が地上に現れていない旧約聖書の時代に預言者イザヤによって書かれた予言です。ひとりの男の子がわたしたちに与えられた、といっているのは、イエス様が天から人類の救済という神様の仕事を成し遂げるために、人間の姿をとって与えられることを示しています。そのイエス様の名が、「驚くべき指導者、力ある神、永遠の父、平和の君」と呼ばれるということです。私たち人間には、頭では理解できないことがあります。イエス様は、神様ご自身であり、そして聖霊と三位一体です。それを人間的観点から理解しようとすると、よくわかりませんが、それは実はわからなくていいことなんです。そんなことを気にするよりも、神様の御言葉に信頼をおいて、それを信じること、そこから「救い」は素直に受け取ることができるのです。神様はこうも約束してくれています。
箴言3:5-6 心を尽くして主に信頼し、自分の分別には頼らず 常に主を覚えてあなたの道を歩け。そうすれば主はあなたの道筋をまっすぐにしてくださる。
Trust in the LORD with all thine heart; and lean not unto thine own understanding. In all thy ways acknowledge him, and he shall direct thy paths.
私たち人間は、自分の力でなんでもできると思いがちです。けれど、結局自分ではどうにもならないことって、ありますよね。神様は、人間ではなく、神様ご自身に何でも頼りなさい、と言ってくれます。すると、いままで何もうまく思うようにいかなかった目の前の道が、まっすぐに開けてくるものなのです。
イエス様は、私たち一人ひとりに、そうして神様と共に歩むことによって、心に満ちる平和を得なさい、と誘ってくれています。
マタイの福音書 11:28 疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。わたしは柔和で謙遜な者だから、わたしの軛を負い、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる。
Come unto me, all ye that labour and are heavy laden, and I will give you rest. Take my yoke upon you, and lean of me; for I am meek and lowly in heart: and ye shall find rest unto your souls.
イザヤ書 26:3-4
Thou wilt keep him in perfect peace, whose mind is stayed on thee: because he trusteth in thee. Trust ye in the LORD forever: for in the LORD JEHOVAH is everlasting strength.
(神様に心を常に向けている人は、神様が完全な平和を与えてくださいます。それは、その人が神様を信頼しているからです。主を永遠に信頼しなさい、なぜなら、主は絶えることのない力を与えてくださるからです。)
休暇をとったり、エステにいったり、マッサージにいったり、いろいろ努力して心に平和を、と思っても、それらはすべて一時的で常に心に宿ってくれる神様の平和とは違います。肉体的なリラクゼーションと、精神的な救いは、まったく別物なのです。神様からいただく平和は、イエス様による救いによってのみ受け取ることができます。地上に生きている間、肉体的困難というのは、常にあるものだからです。
ヨハネ16:33 これらのことを話したのは、あなたがたがわたしによって平和を得るためである。あながたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている。
These things I have spoken unto you, that in me ye might have peace. In the world ye shall have tribulation: but be of good cheer, I have overcome the world.
この、「わたしは既に世に勝っている」というのは、もちろんイエス様が言っていることなのですが、彼が神様のご計画通りに十字架にかかり人類の罪を洗い流したことにより、彼は既に世の罪、悪に勝っている、ということを言っています。そして、イエス様が私たちの罪をぬぐい取ってくれたことを信じる、というのは、イエス様の勝利を信じる、ということです。つまり、私たち自身も、イエス様を通して世の罪に打ち勝つことができる、ということなんですね。これが「救い」です。
第一コリント 15:57 わたしたちの主イエス・キリストによってわたしたちに勝利を賜る神に、感謝しよう。
But Thanks be to God, which giveth us the victory through our Lord Jesus Christ.
世の中の宗教は、この罪への勝利、つまり救いは、どれだけ善いことをしたか、とかどれだけ宗教活動にお金をつぎ込んだかで得られる、といって人間たちを騙します。救いは、worksによっては得られるものはないのです。唯一、イエス・キリストを通してのみ、私たちが受け取ることができる神様からの贈り物、それが永遠の命です。つまり、天国への道は、唯一イエス様を通してのみ進むことができるんですね!
ヨハネ10:9 わたしは門である、私を通って入る者は救われる。
I am the door: by me if any man enter in, he shall be saved
ヨハネ14:6 イエスは言われた。「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない。」
Jesus said unto him, " I am the way, the truth, and the life: no man cometh unto the Father, but by me".
カルト宗教は、「天国へ行く道は1つではない」といいます。聖書ははっきりと「天国へ行く道はたった1つである」と言っています。まだ信じていないひとは、信じて勝利と平和を受け取りましょう☆そういうわけで、今日はとても有名な聖歌Victory in Jesusをお届けします。
レトロな映像と共にどうぞ。You Tubeから。
http://www.youtube.com/watch?v=wcW-vnEc0gc&feature=related
Victory in Jesus
By E.M. Bartlett
I heard an old, old story, How a Saviour came from glory
How He gave His life on Calvary to save a wretch like me
I heard about His groaning, of His precious blood's atoning,
Then I repented of my sins and won the victory
(Repeat)
O Victory in Jesus, my savior forever
He sought me and bought me with His redeeming blood
He loved me ere I know Him and all my love is due Him
He plunged me to victory beneath the cleansing flood.
I heard about His healing, of His cleansing power revealing
How He made the lame to walk again and caused the blind to see
And then I cried " Dear Jesus, come and heal my broken spirit"
And somehow Jesus came and brought to me the victory
(Repeat)
I heard about a mansion He has built for me in glory
And I heard about the streets of gold beyond the crystal sea
About the angels singing and the old redemption story
And some sweet day I'll sing up there the song of victory
(Repeat)
(意訳)
私は、救世主がどうやって天国からやってきたかという古い古い話しを聞いた。
私のような哀れな者を救うためにその命をゴルゴタの丘で捨てたことを
彼の大切な血による贖いに伴う、彼の苦しみを聞いた
そして私は自分の罪を認め許しを乞い、勝利を手にしたのだ
(繰り返し)
イエス様による勝利、永遠のわたしの救世主よ
彼は私を見つけ、そしてその贖いの血を持って買ってくださった
彼は私を愛してくださった、わたしの愛はすべて彼に支払われるべきだ
彼はその溢れる浄化の力によって、私を勝利へと飛び込ませた
私は彼の浄化の力による癒しを聞いた
彼がどうやって不具の者を歩かせ、盲の目に光を与えたか
そして私は泣きついた「イエス様、どうかやってきて私の壊れた魂を癒してください」
彼の大切な血による贖いに伴う、彼の苦しみを聞いた
そして私は自分の罪を認め許しを乞い、勝利を手にしたのだ
(繰り返し)
イエス様による勝利、永遠のわたしの救世主よ
彼は私を見つけ、そしてその贖いの血を持って買ってくださった
彼は私を愛してくださった、わたしの愛はすべて彼に支払われるべきだ
彼はその溢れる浄化の力によって、私を勝利へと飛び込ませた
私は彼の浄化の力による癒しを聞いた
彼がどうやって不具の者を歩かせ、盲の目に光を与えたか
そして私は泣きついた「イエス様、どうかやってきて私の壊れた魂を癒してください」
そしてどうしてかイエス様はやってきて、私に勝利を与えてくださった。
私は彼が私のために天国に建ててくださっている邸宅の話しを聞いた
そしてクリスタルの輝きをもった海のむこうに見える黄金の道の話しを聞いた
私は彼が私のために天国に建ててくださっている邸宅の話しを聞いた
そしてクリスタルの輝きをもった海のむこうに見える黄金の道の話しを聞いた
また古いあがないの話しと、天使たちの歌声について。
そしてある甘い日に、私もそこで勝利の歌を歌うのだ。
そしてある甘い日に、私もそこで勝利の歌を歌うのだ。


