世の中に、嘘を一度もついたことがない人間は、まったくいないでしょう。その嘘がどんなに大きいものであれ、小さいものであれ、罪の性質を持って生まれるようになってしまった私たちには、神様との約束を完全に守れるということはないのです。
ローマ信徒への手紙 3:10 正しい者はいない、1人もいない。
ヤコブ 2:10 律法全体を守ったとしても、一つの点でおちどがあるなら、すべての点について有罪となるからです。
罪には、とうぜん罰があります。
ローマ 6:23 罪から来る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。
さて、この聖句がメインテーマ、「救い」の鍵になるところです。
「罪から来る報酬は死です」とありますが、これはどういうことでしょうか。一つめに言えることは、前にも述べたように、人間が罪の性質を担ってから、生命に寿命ができてしまったことですが、ここでは実はもっと重要な「死」について言っているのです。人間は、死んでから、その肉体は朽ちてなくなりますが、霊(魂)は消えうせてしまうわけではありません。肉体の生命を離れた後、それぞれ裁きをうけることになります。小さい頃によんだ昔話なんかにも、こういう話題はよく出てきていましたが、日本では大概、この裁きの鍵は良いことをたくさんしていれば天国へ、悪いことの方が多かったら地獄に落ちる、といった感じのあいまいな認識だと思います。でも、この良いこと、悪いことは天秤にかけられて計られるわけではありません。また、前にも述べたように、神様にとっては、人間のつくたった一つの小さな小さな嘘でも、「有罪」なんです。「有罪」である、ということは。。。。
ヨハネの黙示録 20:15 その名が命の書に記されていない者は、火の池に投げ込まれた。
火の池に投げ込まれるらしいです。これってつまり、地獄のことですよね。これが、「第二の死」つまり、肉体が死んでから、魂が永遠にとどまる場所です。っていうことは、人間はそのままだと誰でも地獄行きってこと??ということになります。でも、地獄ってそもそも人間のためにつくられたわけじゃなかったんです。本来は、もともと神様に仕える第一天使であったルシファーが、自分の方が神様よりも偉くなってやる、という背きをした結果、ルシファー側についた天使達とともに堕天使となって天国から地の底へと突き落とされた場所、それが地獄です。それで彼がサタン、悪魔となったわけです。そして、この悪魔が最初にイヴを誘惑し、人間を罪に落とした存在です。よく、犯罪者がインタビューとかで、「悪魔にそそのかされた」とか「魔がさした」とか言ってることありますが、これって、聖書から来ている言い回しなんですよ。なんとなく、因果関係が掴めましたか?要するに、悪魔は神様がお創りになった愛する創造物である人間も、巻き添えにして地獄に落ちるようにと計ったわけです。
そこで神様は、人間がこのままだと皆地獄へいってしまうので、救いの手を伸ばしました。それが「神の下さる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのち」なんです。
さて、いろいろキーワードがでてきましたね。「命の書」とか「永遠の命」とか「イエス・キリスト」とか、良く聞くけど一体なんでそれが救いなの??というところを次回お話します。

