聖書を読んでいると、よく使うことわざの語源を発見することが多いです。今回は「目からうろこ」について。
使徒言行録9:17、18
AND ANANIAS WENT HIS WAY, AND ENTERED INTO THE HOUSE; AND PUTTING HIS HANDS ON HIM SAID, BROTHER SAUL, THE LORD, EVEN JESUS, THAT APPEARED UNTO THEE IN THE WAY AS THOU CAMEST, HATH SENT ME, THAT THOU MIGHEST RECEIVE THY SIGHT, AND BE FILLED WITH THE HOLY GHOST. AND IMMEDIATELY THERE FELL FROM HIS EYES AS IT HAD BEEN SCALES: AND HE RECEIVED SIGHT FORTHWITH, AND AROUSE, AND WAS BAPTISED.
そこで、アナニアは出かけて行ってユダの家に入り、サウロの上に手を置いて言った。「兄弟サウル、あなたがここへくる途中に現れてくださった主イエスは、あなたが元通り目が見える様になり、また、聖霊で満たされるようにと、わたしをお遣わしになったのです。」すると、たちまち目からうろこのようなものが落ち、サウロは元通り見える様になった。そこで身を起こして洗礼を受けた。
サウロとは、新約聖書のコリント信徒への手紙、ガラテヤ信徒への手紙、エフェソ信徒への手紙などを書いたパウロの事です。聖書がお手元にある方は、使徒言行録の9章を読んでみてください。サウロはユダヤ教徒としてイエスの弟子達を迫害していました。(使徒言行録8章3節:一方、サウロは家から家へと押し入って教会を荒らし、男女を問わず引き出して牢に送っていた。)そして、さらに迫害をしようと旅をしていた時、イエス様御自身がサウロに語りかけます。
9章3節−8節
サウロが旅をしてダマスコに近づいた時、突然、天からの光が彼の周りを照らした。サウロは地に倒れ、「サウル、サウル、なぜわたしを迫害するのか」と呼びかける声を聞いた。「主よ、あなたはどなたですか」と言うと、答えがあった。「わたしは、あなたが迫害しているイエスである。起きて町に入れ。そうすれば、あなたのなすべきことが知らされる。」同行していた人達は、声は聞こえても、だれの姿も見えないので、ものも言えず立っていた。サウロは地面から起き上がって、目を開けたが、何も見えなかった。
こうして、サウロはイエス様御自身により目をみえなくされます。そして言われた通り、同行の者たちに手をひかれてダマスコの町に入りました。ダマスコには、イエスの弟子のアナニアがいました。イエス様は彼にサウロの元に行く様に命じます。アナニアは、サウロがキリスト者達を迫害する者だと知っていたので尻込みしますが、イエス様の命じられたとおり、彼のもとに向かい、冒頭の聖句のように、サウロの上に手を置きました。サウロは、その瞬間、目からうろこのようなものが落ち、視力が戻り、イエス様の力が真実であると知り、回心し、キリスト者となりました。
このサウロの回心の話は、聖書の中で好きな話のうちの一つです。彼は、目からうろこのようなものが落ちて、目が見える様になったのです。ですから、目からうろこ、とは、視野が開け物事の実態が理解できるようになることを意味するわけです。また、自分の誤りを悟り、迷いから目覚めるという意味もあります。まさに、サウロは自分の誤りをイエス様御自身によって悟らされ、そしてパウロとして、多くの異邦人たちに告げ知らせるため活躍し、新約聖書にある多くの手紙を書いたのでした。一般的に日本に普及しているこういうことわざも、出典が聖書だということを聖書を読んでいて気がつき、福音の力ってすごい!と思いました。またいろいろご紹介します!
