マタイの福音書28章5、6節
AND THE ANGEL ANSWERED AND SAID UNTO THE WOMEN, FEAR NOT YE: FOR I KNOW THAT YE SEEK JESUS, WHICH WAS CRUCIFIED. HE IS NOT HERE: FOR HE IS RISEN, AS HE SAID.
天使は婦人達に言った。「恐れることはない。十字架につけられたイエスを捜しているのだろうが、あの方はここにはおられない。かねて言われていたとおり、復活なさったのだ。」
イースターは、イエス·キリストが十字架にかかって死んだあと、三日後によみがえった復活を祝う日です。上の聖句では、イエス様は死ぬ前から、自分は死んだら三日後によみがえることを言っていた、とかかれています。その箇所をみてみましょう。
ルカの福音書9章21−22節
AND HE STRAITLY CHARGED THEM, AND COMMANDED THEM TO TELL NO MAN THAT THING; SAYING, THE SON OF MAN MUST SUFFER MANY THINGS, AND BE REJECTED OF THE ELDERS AND CHIEF PRIESTS AND SCRIBES, AND BE SLAIN, AND BE RAISED THE THIRD DAY.
イエスは弟子達を戒め、このことをだれにも話さないように命じて、次のように言われた。「人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちから排斥されて殺され、三日目に復活することになっている。」
神様の御言葉には、嘘や間違いはありません。イエス様は死ぬ前から、神様のご計画をご存知でしたので、弟子達に三日目に復活することを前もって伝えていました。もちろん、人間である弟子達は、当時はとても信じられなかったのですが、イエス様が埋葬されたお墓に三日目にマリアたちが行ってみると、その御言葉どおり、復活されてすでにお墓にはいませんでした。
神様が、聖書を通して人間に伝えている預言や御言葉はすべて真実であり、確かに起こる事です。今、たくさんの人が神様の存在を信じなかったり、惑わす偶像たちを信仰したり、カルトに傾倒したりしています。それは、皆が神様の約束を信じず、神様への信仰が消失していることから起きていると思います。聖書は、神様が人間達に向けて、人間を用いて綴ってくださった真実のメッセージです。聖書にある通り、イエス様は罪の一点もない、神聖な小羊として、全人類の罪を担って精神的、肉体的に父なる神様から引き離され、死を体験されました。そして、復活することにより、死を支配し、私達人間が自分たちの罪を認め、イエス様の名にすがる時、救いの手を差し伸べてくださるのです。
使徒言行録16章30、31節
SIRS, WHAT MUST I DO TO BE SAVED? AND THEY SAID, BELIEVE ON THE LORD JESUS CHRIST, AND THOU SHALT BE SAVED, AND THY HOUSE.
「先生方、救われるためにはどうすべきでしょうか。」二人は言った。「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたも家族も救われます。」
この言葉は、イエス様が天にお戻りになった後、使徒であるパウロとシラスが宣教している際にフィリピで投獄された時、看守たちにどうしたら救われることができるのか、と質問され答えている所です。イエス様を信じる事が、救いへの唯一の道です。それは、御言葉にこうあるからです。
ヨハネの福音書 14章6節
JESUS SAITH UNTO HIM, I AM THE WAY, THE TRUTH, AND THE LIFE: NO MAN COMETH UNTO THE FATEHR, BUT BY ME.
イエスは言われた。「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行く事ができない。」
ここで、イエス様ははっきりと、父なる神様の元へは、イエス様を通してのみ、行く事ができると言っています。世の中の偶像崇拝では、自分たちがトランスすれば神様と交信ができるとか、どれだけ献金すれば、どれだけ善い行いをすれば、自分を捨て去って無になれば、、、、とか、神様になんとか近づこうとするいろいろな方法を教えます。けれど、それらは決して、必ず神様のもとへいかれるという約束はしていないのです。そんなばかな!と思う方は、自分が信じている方法論、または無神論をもっと研究してみてください。すぐに、そこには神様のもとへたどり着けるという確実の約束はされていないことがわかるはずです。けれど、イエス様は違います。はっきりと、私達が自分達の罪を認め、イエス様の十字架の上での死、そして復活により死を支配した奇跡を信じ、イエス様が十字架の上で流されたその血によって罪を洗い流していただけば、この肉体の朽ちる時、魂は神様の身元、天国へと救われる事ができると書かれています。
使徒言行録 4章12節
NEITHER IS THERE SALVATION IN ANY OTHER: FOR THERE IS NONE OTHER NAME UNDER HEAVEN GIVEN AMONG MEN, WHEREBY WE MUST BE SAVED.
ほかの誰によっても救いは得られません。わたしたちが救われるべき名は、天下にこの名のほか、人間には与えられていないのです。
ヨハネの福音書 5章24節
VERILY, VERILY, I SAY UNTO YOU, HE THAT HEARETH MY WORD, AND BELIEVETH ON HIM THAT SENT ME, HATH EVERLASTING LIFE, AND SHALL NOT COME INTO CONDEMNATION; BUT IS PASSED FROM DEATH UNTO LIFE.
わたしの言葉を聞いて、わたしをお遣わしになった方を信じる者は、永遠の命を得、また、裁かれることなく、死から命へと移っている。
イエス様はまた、再び地上に戻ってこられると言っています。あなたは、その時、救われていてイエス様の再来を心待ちにしていますか、それとも、永遠に続く炎に飛び込みますか。。。?
ヨハネの黙示録 22章12−13節
AND BEHOLD, I COME QUICKLY; AND MY REWARD IS WITH ME, TI GIVE EVERY MAN ACCORDING AS HIS WORK SHALL BE. I AM ALPHA AND OMEGA, THE BEGINNING AND THE END, THE FIRST AND THE LAST.
見よ、わたし(イエス)はすぐ来る。わたしは、報いを携えて来て、それぞれの行いに応じて報いる。わたしはアルファであり、オメガである。最初の者にして、最後の者。初めであり、終わりである。
