2008年6月15日

ウサギ観察

写真には、うつっていないのですが、Altusの基地にはウサギさんがたくさんいます。とくに夕暮れどきに旦那様に付きあってゴルフ場にいくと、あちらこちらでぴょこぴょこ大きいのから小さいのまで跳ね回っています。そのうち、カメラにおさめたいと思います。ピーターラビットのように、長ーい耳で立ち上がると膝上位まできそうな身長です。他の生態系はというと、しっぽの長い鳥たちとリス、またスカンクなどをいまのところ目撃しています。
昨日非常に愉快だったのが、「暑さにへたばるリス」でした。この土地は、午後から夜にかけて、太陽光によって猛烈に気温が上がるのですが、ホテルの周りを歩いていると、1匹のリスが暑そうに日なたを走り抜け、日陰へ飛び込んだかと思うと、右腕を腕枕にして左足を前にだすようにしながら地べたに寝そべりました。夏にへたばって団扇片手に縁側に寝ころぶ人の姿を彷彿とさせ、思わず爆笑してしまいました。

また、昨日は新しい家のための家具を探しに家具屋さんを何件かまわってきました。ついでにお気に入りのくつのヒールが壊れてしまったので、それを治してくれる靴屋をさがしたのですが見当たらず、しかたなく Boots & Saddle Repairという店にいきました。そこは馬の鞍とカウボーイブーツの修理専門店で、完全なカウボーイ・ワールドが広がっておりました。次回靴を引き取りにいくときに写真におさめてきます。

夕べから、ずっと昔の偉い牧師さんR.A.Torreyが1897年に書いた" How to Obtain Fullness of Power"という本を読み始めました。この本には、聖書の御言葉がもつ力、イエスの血の贖いの力、聖霊の力、お祈りの大切さなどがわかりやすくかかれています。まだ読み始めたばかりですが、とてもわかりやすいので少しずつシェアしたいと思います。

聖書の御言葉のもつ力とは?

1.聖書の御言葉は、内在する罪を認識させる。
使徒言行録2:37 「人々はこれを聞いて大いに心をうたれ、ペトロと他の使徒達に、『兄弟たち、わたしたちはどうしたらよいのですか』と言った。」

この話しは、ちょうどイエスが十字架にかけられて死に、復活して12使徒たちの前に姿を現し、再び天に昇られていったあと、ペテロたちがエルサレムにおいて説教をしているところです。ペトロは言いました。
「イスラエルの人たち、これから話すことを聞いて下さい。ナザレの人イエスこそ、神から遣わされた方です。神は、イエスを通してあなた方の間で行われた奇跡と、不思議な業と、しるしとによって、そのことをあなたがたに証明なさいました。あなたがた自身が既に知っているとおりです。このイエスを神は、お定めになった計画により、あらかじめご存知のうえで、あなたがたに引き渡されたのですが、あなたがたは律法を知らない者たちの手を借りて、十字架につけて殺してしまったのです。」(使徒言行録2:22-23)「神はこのイエスを復活させられたのです。私たちは皆、そのことの証人です。それで、イエスは神の右に上げられ、約束された聖霊を御父からうけて注いでくださいました。あなたがたは、今このことを見聞きしているのです。」(使徒言行録2:32-33)「だから、イスラエルの全家は、はっきり知らなければなりません。あなたがたが十字架につけて殺したイエスを、神は主とし、またメシア(救世主)となさったのです。」(使徒言行録2:36)

この、ペテロから聞いた神の御言葉により、自分たちの罪を知ったイスラエルの人たちは、『兄弟たち、私たちはどうしたらよいのですか』と言ったわけです。

「すると、ペテロは彼らに言った。『悔い改めなさい。めいめい、イエス・キリストの名によって洗礼をうけ、罪を赦していただきなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けます。この約束は、あなたがたにも、あなたがたの子供にも、遠くにいるすべての人にも、つまり、わたしたちの神である主が招いて下さる者ならだれにでも、与えられているものなのです。」(使徒言行録2:38-39)

神様の御言葉の大切なことは、自己に内在する罪の認識と、それを悔い改める決意をもつことです。それが、「救い」であり、上でペテロが述べているようにイエス様の御名を通して行われるものなのですね。

他にも例えば使徒言行録16:30をみると、同じことがみられます。ここではパウロとシラスがフィリピで捕まって牢屋にいれられているのですが、祈りながら賛美歌を歌ったりしていると神様が大地震を起こし、牢屋の扉を開きます。そこで囚人たちが逃げてしまったと思い込み焦った看守達は、ローマの王に殺されるとおもって自殺しようとします。しかしパウロ達は逃げていなかったので、自害しようとした彼らをとめました。すると、
「看守は、明かりを持って来させて牢のなかに飛び込み、パウロとシラスの前に震えながらひれ伏し、2人を外へ連れ出して言った。「先生方、救われるためにはどうすべきでしょうか。」2人はいった。「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたも家族も救われます。」そして、看守とその家の人たち全部に主の言葉を語った。(使徒言行録16:29-32)

人間には、罪のまったく無い人というのはいません。「正しい者はいない。1人もいない。」(ローマ信徒への手紙3:10) けれど、その罪を自覚している人、というのは少ないのですね。上に挙げた話しでは、イスラエルの人たちは、イエスを神の人とは知らずに殺してしまい、その後、神の御言葉を通して自分たちの罪を認識します。そこでどうしたらいいのですか?とペテロに尋ねるわけです。そうすると、ペテロは救いへの道をのべた御言葉を伝えるんですね。ここではその日に3000人の人が神の御言葉を受け入れ、洗礼を受けたと書いてあります。神様の御言葉は生きる力です。現在も昔も変わらないので、聖書を読んで、自己にある罪を日々思い直していきたいものですね!