“ HE WHO IS ALMOST PERSUADED IS ALMOST SAVED, AND TO BE ALMOST SAVED IS TO BE ENTIRELY LOST” Rev Mr. Brundage
「あと少しで確信できそうだ、という者は、あと少しで救われる事ができそうな人のことである、しかしあと少しで救われる事ができそうだ、ということは、まったく救われていない、ということである。」
イエス·キリストの福音は、「何となくわかる気がする。」や、「賛成はするけれど、、、」「もう少しで納得いきそう」というような曖昧な立場では、その救いを受けることはできません。それは、信じると決めるか、信じないと決めるか、白黒はっきりとしたものなのです。上の言葉は、1800年代のBrundage牧師の言葉です。テストでもそうですが、70点以上が合格のテストで、69点を取った場合、「あと少しで合格できそうだった」ということはつまり、「落第だった」ということです。救われる、というのは、それと同じ様にはっきりとしたことです。しかし、テストと違い、努力したけれどだめだった、ということは無いのです。なぜなら、それは私達がこの世で善い事をできるだけしたら合格、などというものではなく、自分が信じると心を決め、今までの自分の罪をイエス·キリストを通して赦していただき、神様と共に歩むことを決め、救いを求めれば誰でも救われるからです。(ローマ章10章9−10節:なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。13節:「主の御名を呼び求める者は、だれでも救われる」のです。)
Almost persuaded
By Philp, P Bliss
“ Almost persuaded” now to believe;
“Almost persuaded” Christ to receive;
Seems now some soul to say,
“ Go, Spirit, go Thy way, Some more convenient day On…Thee I”ll call.”
“ Almost persuaded,” come, come today;
“ Almost persuaded” turn not away;
Jesus invites you here, Angels are ling’ring near
Prayers rise from hearts so dear, O…wand’rer, come
“ Almost Persuaded” harvest is past!
“Almost persuaded” doom comes at last!
“Almost” cannot avail ”Almost” is but to fail!
Sad, sad, that bitter wail, “ Almost” but lost.
「もう少しで確信できそうだ」今が信じる時である
「もう少しで確信できそうだ」イエス·キリストを受け入れるのは
どうやらある魂はこう言っている
「聖霊よ、あっちへ行ってくれ。また都合のいい時に、あなたを呼び求めよう」
「もう少しで確信できそうだ」さあ、今日おいでなさい
「もう少しで確信できそうだ」背を向けないで
イエスがあなたを招き、天使達が周りに飛び交っている
心からの祈りが天に向かう 迷い子達よ、おいでなさい
「もう少しで確信できそうだ」収穫の時は過ぎた!
「もう少しで確信できそうだ」終わりの時がとうとうやってくる!
「もう少しで」は意味がない。「もう少しで」はすなわち失敗だ!
悲しい、悲しい、痛恨の嘆きが聞こえる 「もう少しで」しかし救われなかった者達よ。
この聖歌は、そんな「もう少しで」信じることを拒んだ者達は、終わりの時がやってきた時、悲しい悲痛の叫びをあげることになる、と歌っています。今日、イエス·キリストの招きを受け入れて下さい。あなたを止めているものはなんですか?人間たちが創り出した神々は,あなたを天国へ導いてはくれません。たとえこの世が幻で、すべて夢であったとしても、今天国への道を確信し、あなたの永遠の行く先を決めておく事に何の間違いがあるでしょうか。あなたをとどめているのは、悪魔です。あなたを永遠の暗闇、痛みと熱に燃え盛る炎で苦しむ姿を喜ぶのは、悪魔以外に誰がいるでしょう。選択は、あなたの手中にあります。イエス·キリストの偉業を信じ、罪を洗い流してもらい、天国で多くの勝利者達と集いましょう。けっして、「あと少し」のところで、永遠の暗闇に落ちないで下さい。
